366: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)11:24:07 ID:niX

もうずいぶん前だけど、親類のお祝いの会に祖父と父を迎えに行った。

その帰り道で葬儀場の前で祖父が絶叫して、駆け込んだ。

お祝いに出たので、葬儀に出るなんて場違いも甚だしい服装だったのに、

よぼよぼのくせにものすごい勢いで行っちゃって…。

その祖父の元気っぷりにも驚いたんだけど、その仏様と祖父の関係が衝撃だった。

うちの祖父は朝鮮生まれ。「大地の子」って中国残留孤児のドラマがあるんだけど

それを見ていた時に祖父から、日本人将校の家の子守に雇われていたのだけれど

ご主人が戦死して帰国の際に頼み込んで一緒に連れて来てもらったと聞いていた。

住んでいたのも今の北朝鮮の地域だったので、危なかった!!と思ってた。

てっきり祖父は開拓団の子供だと思っていたんだけど、実は朝鮮人の子供だった。

つまり帰化した在日朝鮮人。




その祖父が飛び込んだ葬儀は未亡人になった将校さんの奥様。

祖父は全く話にならない程泣いていて、その泣き方はまさに朝鮮人。

祖母が亡くなった時は男泣きだったんだけどね…。

それで祖父に代わって父が喪主の男性に説明したんだけど、まだ若い方で話が通じない。

そこに喪主の伯母さんがやって来て、祖父が名乗ると(朝鮮名だった)

「○○ちゃんなの?」って。祖父が子守していたお子さんだった。

三人いたお子さんのうち下の二人はなくなっていて、喪主は長男さんの息子さん。

末の次男さんは戦後すぐ亡くなったそうです。それにも祖父は号泣。

後日、ご自宅に呼んでくださって(平服のまま葬儀に出させていただいた)お仏壇に手を合わせた。

実は伯母さんも幼くて当時の事はあまり覚えていなかった。

奥さまと同居されていた長男のお嫁さんと娘さん(喪主の姉)は奥さまからポツポツと

話を聞いていたので、空襲ではぐれてから疎遠になってしまった事は知っていた。

当時朝鮮人だとわかると八つ当たり的に暴行されたり虐待されたりひどいと殺されたりする。

それまでは奥さまが日本名をつけて庇ってくれたけれど、奥さまは安否もわからない状況。

それで、終戦後しばらくの間、祖父は戦争孤児として暮らしていた。

生活が落ち着いて奥様達を探したけれど見つけられなかったそうです。

その後正式に日本に帰化して日本人の祖母と結婚。

身一つから商いを始めて、縁故も何もなく大変な苦労をしたそうです。

今は私の弟の代なんだけど、大儲けとは言わないけどそこそこの利益を上げて経営は順調。

祖父は帰国する際、未亡人で自分の暮らしも不安だらけでとても祖父まで連れていけないと

断る奥さまに無理やり頼み込んで連れて来てもらったそうです。

帰国後、奥さまの実家で奉公していたんだけれど、当時戦争未亡人の手当は厚かったそうで

奥さまはすぐに迎えに来てくれて、家族のように迎え入れてくれたそうです。

お互い空襲で亡くなったとばかり思っていたのに、戦後60年も経って葬儀で偶然再会出来たなんて奇跡だよね。

その後祖父は奥さまの命日にお花を送り続け、数年前に亡くなってからは父が代わりに送っている。

日本に来てから、大変な苦労をした。

苦労して苦労して、やっと今の生活を手に入れたけど、この苦労は奥さまが日本へ連れて来てくれなければ

味わう事も出来なかった。

どれだけ感謝してもしきれない。

祖父はよく父にそういっていたそうです。

しかし祖父が朝鮮人だったとはなぁ…。

母も日本人だし、私の戸籍には何の記載もなくてわかんなかったよ・・・。
お!良さそう!


367: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)11:37:02 ID:h54

>>366

よい話だと思って読んでいたが、

あなたの一番の衝撃はお爺さんが朝鮮人だったことなの?

アイデンティティにも関わるから、そりゃ衝撃だけど、

お爺さんがそんな苦労をしてきたことじゃないんだ。


368: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)12:17:33 ID:niX

366です

そりゃあ日本人だと信じていた祖父が朝鮮人だったというか

自分も純粋な日本人じゃなかったのは衝撃だったよ。

それより、葬儀の時たまたま斎場の前を通って、なおかつ信号で停止した

偶然が衝撃かな。

だって、斎場は隣県で、初めて通る道だったんだよ。

祖父も行った事なかったと思う。

祖父が苦労して会社を興した事は知っていたよ。

朝鮮から日本に引き揚げてきたことも知ってた。

ただ、祖父が朝鮮人だという前提がなかったので、想像以上の苦労だったろうなと。

ちなみに、祖父と奥様の出会いは、祖父が妹のもらい乳をしに訪問したからだそう。

栄養失調で死にかかった妹の為に、隣村の軍人さん宅までお願いに行ったそうです。

奥さまは、いやな顔をせず乳を与えてくれて、妹込で住み込み子守に

雇ってくれたそうです。

菩薩のような方ですよね。


369: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)12:24:26 ID:LjL

そらそうじゃね?

だって自分に直接関わる話だもん。

祖父がすごく苦労した、ドラマみたいな再会だった、

ってのはある意味他人事として

つまりopenで他人の体験を肴にしてるのと同じようなもんじゃん。

でもそれがいきなりルーツの話になったら、それまで映画かドラマの話だと

余裕持って聞いてたのが急に現実になる。

誰だってそんなもんだろう。

通り魔のニュース見て「殺人事件あったんだってーあー被害者可哀想ねーこわいねー」と

対岸の話として聞いてたのが、現場が最寄り駅付近だったとか犯人or被害者が

身内だったとなったら衝撃度が変わってくる。


371: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)13:37:54 ID:UUY

そうでないという保証は見つけたのかい

373: 名無しさん@おーぷん 2015/03/10(火)16:53:22 ID:BbU

>>368

いいお話をありがとう。

おじいさまの思いが縁をつないだんですね。

当時一応日本だったので戦後に日本に渡って日本人として生きた半島、台湾出身者って結構多いのです


378: 名無しさん@おーぷん 2015/03/11(水)11:16:13 ID:Vsb

>>366 です

まとめサイト見ていたら、2サイトで私の報告が載っていたんだけど

片方では無茶苦茶に在日叩きされていて、片方では「いい話だ」とコメいただきました。

同じ記事でもこんなに反応違うんだー、とこれも衝撃的でした。

※欄でどうなったのとあった、祖父の妹の事ですが、乳離れして実家へ帰したそうです。

朝鮮の家族については、消息がわからないそうです。詳しくは知りません。

祖父が日本に来た時、まだ9歳だったそうです。

子守に雇われたのが6歳です。祖父が自分の正確な生年月日を知らないのでだいたいですが。

子供の考える事ですから、実家で邪険にされるよりは食べるに困らない日本で働こう、

それに帰りの船旅で三人の子守は大変だし役に立つだろうし、程度の思考で日本へついてきたそうです。

ところが帰国の際、将校さん遺族には兵隊さんが二人付き添い、一人は遺骨を首から下げ

一人はお世話係だったそうで、その段階で自分は余計者だと実感して、申し訳ないと思ったそうです。

朝鮮人的な泣き方というのは、まさに「号泣議員」状態です。

子供みたいに棺桶にしがみついてワンワン泣いていたのでものすごく驚きました。

もちろんご遺族もドン引きですよ。喪主さんの第一声は「お間違えじゃないですか」でしたから。

でも朝鮮語?は出なかったですよ。というより、祖父、朝鮮語覚えていませんでした。

韓国ドラマ見て、何言ってるかほとんどわからんと言っていたし、

いろいろ日本人的なツッコミ入れていました。朝鮮の生活習慣も覚えていませんでした。

あらゆる面でごく普通の日本人だったし、朝鮮人だとは思っていなかったんですよ。

今思えば朝鮮人らしい、と言えるのは、キムチ好きなくらいですね。

最後に、祖父は実母の顔を覚えていませんでした。

お母さん、と言ったら、奥さまの顔しか思い浮かばないと。

奥さまのご自宅を訪問した際、お孫さんの顔を見て、祖父はしばらく絶句。

葬儀の時もいらしたけど見てなかったんでしょうね。

若い頃の奥様そっくりだそうです。

佐々木希さん似の、大変きれいな方でした。


379: 名無しさん@おーぷん 2015/03/11(水)11:38:42 ID:kSj

そこまで日本人化してても号泣とキムチ好きは残るのか

味覚は幼少の頃に決まるとしても号泣はDNAに刻まれてるのかね


380: 名無しさん@おーぷん 2015/03/11(水)11:46:05 ID:jD4

>朝鮮人的な泣き方というのは、まさに「号泣議員」状態です。

なるほど容易に想像出来た

でも本当に悲しくて泣いたんならまあ構わんのじゃないかなー

ちょっと落ち着けとは思うけどw

葬儀に出なきゃいけないからってポーズでやってるのとは違うわけだしね


382: 名無しさん@おーぷん 2015/03/11(水)16:48:43 ID:Lbp

>>366

朝鮮のことは大嫌いだけど、むやみやたらに毛嫌いしてるわけでもない

筋の通った方や、義理人情を重んじる方はどこの国だろうが関係なく素晴らしいと思うよ

そのなかで、その国特有の症状が出たとしても、それが人を傷つけたり迷惑をかけるものでなければ、どうでもいい

あなたのおじいさまは素敵だと思う


引用元: 今まで生きてきて凄く衝撃的だった体験 その6